スタッフの水野です。
主に海外のハードロックやヘヴィメタルを中心に扱う音楽雑誌『BURRN!』において読者から募集されていたアーティストの人気投票が集計され、その結果が2014年4月号にて発表されました。
表紙は、今でこそヴィジュアル系と間違われそうな、初期のモトリー・クルーのベーシストでありリーダーでもあるニッキー・シックス。
その投票結果の中でも僕が嬉しかったのは、SHINING STAR(年間最も輝いていたミュージシャン)部門にて、Michael Monroeが一位になったことです。
Michael Monroeはフィンランド出身のミュージシャンであり、
Hanoi Rocksというバンドでボーカルをしていました。
ハノイ・ロックスは1980年にフィンランドで結成され、イギリスでも認められ、
1985年、やっと念願のアメリカデビューを果たそうとアメリカに行った途端、
メンバーの事故死により解散します。
そして2001年には、ボーカルのマイケル・モンローと、ギターであり作曲をしていたとアンディ・マッコイ以外のメンバーを一新し、再結成を果たしました。
しかし、2008年には二度目の解散をしました。
バンドマンや音楽好きの間では、中学から高校の頃に最も聞いた音楽が、
その人の音楽人生における一つの大きな柱というか根っこのようなものになる・・・
と言われたりします。
そう考えたときに僕の中ではこのハノイ・ロックスがまさしくそれだったと思います。
僕はこのハノイ・ロックスというバンドがこの人生史上おそらく一番好きなバンドだと言えるでしょう。
ハノイ・ロックスは日本でも女性を中心に人気があり、『たけしの元気が出るテレビ』でCM明けのSEに曲が使われたり、NHKの音楽番組『レッツゴーヤング』に出演していたり、本田恭章へ楽曲を提供したりと、日本では何かと縁があるようです。
ちなみにレッツゴーヤングに出演した日を調べてみると、何と三回も記録が残っていました。
1983/02/20
『サウンドスパーク! 熱唱 明菜 聖子』
松田聖子 / 中森明菜 / 少年隊 / 西城秀樹 / 河合奈保子 / 榊原郁恵 / ハノイ・ロックス / 鈴木雄大 / 太川陽介 / 石川ひとみ / サンデーズ / 小林亜星
1983/04/03
『リクエストショー』
田原俊彦 / 松田聖子 / 小泉今日子 / 少年隊 / 堀ちえみ / ハノイ・ロックス / シブがき隊 / 松本伊代 / シャカタク / 中森明菜 / 近藤真彦 / 太川陽介 / 石川ひとみ / サンデーズ
1984/06/10
『アイドル豪華ヒット版』
近藤真彦 / 松本伊代 / 岩井小百合 / 桑田靖子 / 高田みづえ / 森尾由美 / ハノイ・ロックス / 杉山清貴とオメガトライブ / 太川陽介 / 石川ひとみ / サンデーズ
僕は確か小学五年の頃、クイーンのボヘミアン・ラプソディを聞いて、
その圧倒的な世界観に衝撃を受け、それがロックという音楽に目覚めました。
それから二年後くらいでしょうか、ハノイ・ロックスを聞き、別の衝撃を受けた気がしました。
クイーンはメンバー全員がそれぞれかなりの腕前を持っており、メインボーカルのフレディ・マーキュリーの歌声はパワー、安定感、キーの広さ、どれをとっても圧倒的ですし、ギターのブライアン・メイのギターはハンドメイドの完全オリジナルのギターで、聞けばスグに彼の音だと分かるような特徴的な音色で、また津軽三味線に影響を受けた早弾きは後のヘヴィメタルにも大きな影響を与えたことでしょう。
クイーンとはそんな完璧なバンドなのに対し、ハノイ・ロックスどこをとっても下の上ぐらいのレベルだったと思います。
(今思えば音楽聞いたことのない少年がどうしてクイーンとハノイ・ロックスが好きになったのか意味が分からないな・・・)
しかし、そんなハノイ・ロックスは僕にとって憧れるバンドだったのです。
雲の上の存在だと思っていた海外のロックという音楽が、もっと身近に感じられたのかもしれません。
その頃、丁度ハノイ・ロックスは再結成をして、過去のアルバムを聴くことしか出来なかった楽しみ方ではなく、新しいアルバムの発売を待つという楽しみも出来ました。
しかし、蓋を開けてみると、チープだった音がハードになり、なかなか好きになれませんでした。
解散前の所謂、黄金時代のハノイ・ロックスの音楽が好きだったのです。
中学時代はもうハノイロックス一色ってなぐらいにドンはまりしたのですが、
それから色んな音楽を知り、高校を卒業するくらいからは次第に離れていきました。
即興音楽やアバンギャルドな音楽を覚えた僕は、ハノイ・ロックスとは何てインチキ臭くてクダらない音楽だったんだろうと思いました。
それから約七年くらい経ちますが、今思うとそういうアバンギャルドな音楽は結局、逆算で見出したアイデンティティであったのかなと思います。
久しぶりにハノイ・ロックスの再結成後のアルバムを聞いて驚きました。
カッコよすぎて泣けるのです。
僕が思うハノイロックスの良さとは、メンバーのルックスとかは勿論ありますが、
一番はギターのアンディ・マッコイが作るメロディセンスです。
“泣きのメロディ”という表現がありますがまさにそれなのです。
ドラマチックでロマンチックでパセティックな雰囲気は、
どこかしら昭和歌謡を彷彿とさせます。
僕が思う、至極のアンディ・マッコイのメロディは『Cafe Avenue』という曲です。
メロディの流れが美しすぎるのです。二番のサビ後のCメロが最高に切なくて大好きな一曲です。
また、ハノイ・ロックスはメロディもさることながらその来歴も切ないのです。
特にマイケル・モンローの人柄も好きです。
ハノイ・ロックスは1980年にフィンランドで結成されます。
結成時のメンバーは、マイケル・モンロー(ボーカル)、アンディ・マッコイ(ギター)、ナスティ・スイサイド(ギター)、サム・ヤッファ(ベース)、ジップ・カジノ(ドラム)です。
アンディはハノイ・ロックス結成前から既にミュージシャンとして活動していましたが、そのほかのメンバーは、貧乏で住む場所が無く、時々女の家に転がり込む時以外は、ホームレス生活をしていたような家出少年たちでした。
バンドの練習をするにもお金が無いから、
夜中に地下鉄のホームに侵入して、そこで勝手に電力を使っていたらしいです。
そんなどん底の状態からスタートした彼らですが、意外とその成果は早く見られます。
結成した翌年1981年には1stアルバム『Bangkok Shocks Saigon Shakes』を発売し、その翌年1982年には2ndアルバム『Oriental Beat』が発売され、そのアルバムはフィンランド国内で一位を記録します。
その約半年後にはバンドのデビュー前の曲を集めたこんぴレーションアルバム『Self Destruction Blues』を発売し、これも一位を獲得。
この頃からバンドはイギリスのロンドンへ拠点を移します。
そしてイギリスでラズルというドラマーと出会い、そこでバンドのノリについていけなかったジップ・カジノが脱退し、ラズルが加入します。
翌年、1983年に3rdアルバム『Back To Mystery City』を発売し、順調な活動を進めます。
そして、1984年にメジャーレーベルCBSレコーズと契約し4thアルバム『Two Steps From The Move』をリリースします。
このアルバムを引っさげて、ついにバンドはアメリカ進出を果たします。
アメリカに渡ったバンドは、全米クラブ・サーキット・ツアーをスタートさせます。
メンバーはインタビューで「過去最高の出来だった。悪かったショーなんて一回も思い出せない」と語るほど大盛況のツアー。
ボーカルのマイケルはライブ中に、アンディと衝突し、足首を捻り骨折しますが、
その後もケガを庇い痛みを堪えながらツアーを続けます。
しかし、ケガは悪化し、ドクターストップが掛かり、予定のスケジュールはキャンセルになってしまいます。
その間、アメリカで意気投合したバンドの『Mötley Crüe』のトミー・リーの家で行われたホームパーティが開かれ、ケガで療養中のマイケル以外のハノイ・ロックス・メンバーと、モトリー・クルーのメンバーが集まりました。
モトリー・クルーのボーカル、ヴィンス・ニールと、ハノイ・ロックスのドラム、ラズルの二人は買出しの為、スポーツ・カーで出掛けました。
ヴィンスは泥酔状態で車はコントロールを失い、反対車線に突っ込み、対向車と正面衝突します。
対向車のドライバーは死亡し、巻き添えになった一台の車の運転手は体に麻痺が残る大怪我を負い、ヴィンスの運転するスポーツカーの助手席に座っていたラズルは死亡しました。
これを切欠にベースのサム・ヤッファが脱退。
バンドは新しいメンバーを加え再出発を図りますが、
フィンランドのヘルシンキから家出同然で出てきたマイケルにとって、いつも一緒にバンド生活してきたとメンバーは家族であり、いなくなった人間の代わりを何て考えられず、解散を発表します。
その後、マイケルとアンディはそれぞれソロ活動を始めます。
マイケルは様々なミュージシャンと組み、音楽活動を進めていきますが、
2001年に最愛の妻ジュード・ワイルダーを亡くします。彼女の死因についてはどんだけ調べても出てこないので分かりません。
そして、彼自身はバセドウ病という病気を患います。
おそらく、二人のソロ活動を見てきた人は誰もが思ったでしょう、
マイケルにはアンディのようなカリスマが必要だし、アンディにはマイケルのようなスターが必要だと。
その翌年、ハノイ・ロックスは再結成し、『Street Poetry』という最高傑作を出し、再び解散します。
何と言うかマイケル・モンローは本当に不幸というか可愛そうな人間な気がします。
いつも何かを掴めそうになった瞬間に、それが適わなくなるような・・・悲しい運命なのかもしれません。
しかし、彼はめちゃくちゃポジティブで、あまり悲観的になってない気がします。
また彼は、彼から最愛のものを奪った酒とドラッグを、一切摂取しません。
それと健康の為か、車を使わず、常に自転車で生活しています。
マイケル・モンローのそういうロックスターでありながら、
ロックスターらしからぬところが好きです。
かなり長くなってしまいましたが、とにかく、おめでとうマイケル・モンロー!