アメリカのワシントン州のアバディーンという街で新たな祝日が出来たそうです。
アバディーン出身のロックスター、カート・コバーンの生まれた日である2/20が街の記念日に制定されたのです。
カート・コバーンとは、90年代のアメリカを一世風靡したグランジ・バンド『ニルヴァーナ』のギター件ボーカリストであります。
「アバディーン市民は、カート・コバーンが育ち、彼の芸術的業績によって国際的に知られるようになった我々のコミュニティへの誇りを持つ」と市宣言には文言されているそうです。
(rockin’on Ro69より)
ロックの歴史には数々のスターがいます。
挙げだしたらキリがありませんが、
その中でも、ロックスターは決まって27歳で死ぬという都市伝説のようなものがあります。
俗に『The 27 Club』と呼ばれるものです。
ローリング・ストーンズの初期リーダーであった、ブライアン・ジョーンズ。
天才ギタリストであり、ロック・ギタリストの開拓者、ジミ・ヘンドリクス。
圧倒的な歌唱力と独特の歌声を持つ女性ロックシンガーの代表格、ジャニス・ジョプリン。
ドアーズのボーカリストであり、60年代のセックス・シンボルであり、詩人でもある、ジム・モリソン。
そして、純粋で孤独な世界観を持った最後のロックスター、カート・コバーン。
元々はこの五人を指していた言葉でありますが、
そのほかにも27歳で亡くなっているスターはたくさんおり、それら全てを指すようになりました。
カート・コバーンはそれほど有名であり、ロックの一つのアイコンにもなっております。
しかし、カートが自殺まで追い込まれた原因の一つとして、
人々が思う自分(スター)と、本当の自分(ロック好きの青年)とのギャップがあったといわれております。
元々カートは内気でシャイな性格で、スターとして崇められることは苦手だったといわれています。
となると、このように街の記念日になるということは、天国の彼にとってはあまり嬉しいことではないかもしれません・・・
しかし、僕は単純に、ロックが一つの文化として国に溶け込んでいるというのは羨ましいことだと思ってしまいました。
カート・コバーンがやっていたバンド『ニルヴァーナ』の音楽は、
狂暴に見えるが本当は純粋・・・なんだと僕は思っています。
(世間の意見は違うかもしれませんが)
また、カート・コバーンはロック史上一番の男前だと思います。
現代のサブカル用語でいうと、所謂「闇落ち」だったり「中二病」というようなキーワードがピッタリあってしまうような気がしますが、僕はまるで違うと思います。
やはり人は自分の中でカテゴライズしたがりますから、ニルヴァーナをそういったイメージで捉えている人は多いでしょう。
そういう言葉で括るには少々狂暴過ぎます。
そういうイメージを抜きにしても、誰にも負けないようなカッコいい音があるからです。
やはり、日本ではロックという音楽は馴染みの薄いものですし、
ロックが音楽シーンのメインになったこともないでしょう。
時代はアイドル全盛時代でありますし、バンドで演奏しなくても、機械でそれそっくりにも作れる時代です。
そんなご時勢に、思春期にロックを聞いてガツンとやられてしまった少年少女は、カート・コバーンのような純粋で孤独な存在感に親近感を覚えることでしょう。
彼は従来のロックミュージシャンのように、派手な衣装のようなものは着ませんでした。
胸まで開けたタイトな柄シャツに、パッツパツの革パン、キラキラのアクセサリーに、上げ底ブーツ・・・といったいわゆるロック野郎のイメージとははるかに違い、
色あせたネルシャツに、ボロボロのカーディガン、裾の破れたジーンズに、履きつぶしたスニーカー・・・といったロックバンドから見たら地味でダサい格好でやっていました。
しかし「それが逆にカッコいい」というような風潮が出来てきて、ファッションの一つにもなりました。
それにより、今まで手の届かないような非現実的であったロックバンド像を、
僕らと変わらない等身大の若者のように思えることが可能になりました。
それも親近感の一つだと思います。
日本のロック好きの少年少女で、カート・コバーンに親近感を覚える人は少なくはないでしょう。
彼はみんなと何ら変わらないロック少年の一人だったのに、いつの間にか(勿論人一倍すごい努力はしたと思いますが)スターになってしまったのです。
そういう姿も憧れの一つでしょう。
しかし、誰しもが憧れる等身大のスターですが、誰しもが彼になることは出来ません。
カート・コバーンとは一見コンプレックスの塊のような人間かもしれませんが、
彼には唯一無二の歌声と、ソングライティング能力の高さ、詩作の才能、絶妙なファッションセンス、俳優としても通用するようなルックス、そのすべてを持っている奇跡の人間だといっても過言ではないでしょう。
彼をモチーフにした映画や、キャラクターは色々あります。
彼の純粋な心や、孤独が、一つのスター像を作り上げてしまったのは皮肉な話です。
しかし、彼以降ロックスターと呼ばれる存在がロック界に現れないのは、
彼の死により、ロックという名のバブルがはじけてしまったからのかもしれません。