【我が町研究】鳴海球場はベイブルースが戦い、日本のプロ野球第一戦が開催


名古屋市緑区は私が小学校、中学校、高校時代を過ごし、大学出てから就職した時に2年。そして30になって名古屋に戻ってきてからずっと住んでいる地域です。
名古屋市緑区の自慢はいろいろとありますが、そのひとつが鳴海球場。
私も薄っすらとしか知らないので、改めて調べてみました。

鳴海球場
昭和2年完成。約20,000人収容のスタンドと、両翼106m、中堅132m。国際試合にも使用できるような広大なフィールドを所持。
メインスタンドは甲子園球場のアルプススタンドに倣って、伊吹スタンドと命名。伊吹山から名付けられたものと思われる。
アマチュア野球が主に開催されていたほか、昭和6年、昭和9年には、日米野球が開催。ルー・ゲーリック、ベイブ・ルースが出場した。
昭和11年には、日本のプロ野球初の試合が開催。
戦争が激化すると、球場は日本軍に接収。金属供出のため鉄傘は取り外され、スタンドは弾薬庫となった。戦争終結後は米軍に接収され、進駐軍のレクリエーションに使用された。
昭和34年閉鎖。跡地は現在、名鉄自動車学校となっており、スタンドの一部は今でも残っている。

 - 一部 Wikipediaより引用 -

実は私も、跡地を利用している名鉄自動車学校で中型バイクの免許を取りに通っていたことがあります。
来ていた生徒たちのほとんどが元は野球場だったことを知らず、寂しい感じがしたものです。
日本にプロ野球が生まれ、名古屋にもドラゴンズが誕生したものの、場所があまり良くなく、試合はほとんど行われず、主に二軍が使用。その後、日本の経済が急成長を遂げる中、バスの運転手の育成場所が必要となったこともあって、閉鎖、自動車学校の開校となったのも時代がわかり、興味深いですね。

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